XJAPANの解散理由の真相!TOSHIの脱退が原因?解散会見を振り返る!

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XJAPANの解散理由の真相!TOSHIの脱退が原因?解散会見を振り返る!

人気絶頂の中、1997年に解散を発表したXJAPAN

突然の発表は、世の中に衝撃を与えましたね。

そんなXJAPANの解散理由は何だったのか。

TOSHIの脱退が原因とも言われていましたが、果たして真相は?

XJAPANの解散会見も振り返ってみましょう。

YOSHIKIとTOSHIの確執や不仲説と合わせて、まとめてみます!

XJAPANの解散理由の真相

YOSHIKIとTOSHIの間に、何かしらの問題があったことは間違いないでしょう。

1997年9月22日、XJAPANの突然の解散が発表されました。

解散会見では、リーダーのYOSHIKIはこのようにコメントしています。

YOSHIKI

音楽性、方向性の違いで解散します

バンドの解散やメンバーの脱退の理由としては、余りにもありふれたコメントでしたよね。

解散理由を聞いた誰もが、真相は違うと容易に想像できたことでしょう。

解散会見では、YOSHIKIの口から解散の真相は語られなかったのです。

そして、解散発表の会場にはTOSHIの姿がありませんでした。

TOSHIがいない理由は「4月20日に、TOSHIは脱退しており、メンバーではないからです」とのことだったのです。

解散理由を発表した時には既に、YOSHIKIとTOSHIの確執や不仲があったのでしょうね。

それでも、会見では解散シングルについて「けじめとして、TOSHIも参加に同意するはず」とTOSHIのことを気にしているYOSHIKIでした。

しかし、解散発表の8時間後にTOSHIは解散会見について、このようにコメントをしています。

TOSHI

今日会見が開かれることは、僕も新聞広告で初めて知りました。

正直言ってショックです。ファンの皆様にあの場所で、自分の思いを伝えることができなかったのがとても悔しいです。

なんと、TOSHIは解散会見を知らされていなかったとのこと。

翌日になると、TOSHI側が改めてコメントを発表。

TOSHI

解散会見があることは全く知らされていなかった。

できることなら続けたかった。

TOSHIにはXJAPANを続ける意思があったかのように、思われますよね。

既に脱退していたとしたら、YOSHIKIとしては伝える必要がなかったとも捉えることもできます。

しかし、YOSHIKIとTOSHIの仲が良好だったら、伝えない必要もないですからね。

この時点でお互いにすれ違いがあった、YOSHIKIとTOSHIだったのです。

TOSHIの発言に納得のいかないYOSHIKIは、「TOSHI本人はXJAPANをクビにされたと思いたかった」のではと、軽蔑してしまったと振り返っています。

YOSHIKIのTOSHIに対する苛立ちが、伝わってきますよね。

【XJAPANの解散理由】TOSHIの脱退が原因

TOSHIの脱退が解散の決め手になっています。

ボーカルのTOSHIがいなければ、XJAPANは成り立ちません。

XJAPANと言えば、リーダーのYOSHIKIのバンドのイメージを持たれている方も多いでしょう。

もちろん、作詞作曲、プロデュース、カリスマ性など、YOSHIKの影響力は大きいですし、YOSHIKIがいなければ大成功がなかったのは紛れもない事実。

だからと言って、TOSHIがいなくても良いというわけではないのです。

XJAPANの楽曲は、TOSHIの歌声をイメージして作られています。

つまり、 TOSHIにしか歌うことができないのです。

XJAPANは結成当時から激しくメンバーチェンジを繰り返し、メジャーデビューした後も人気メンバーのTAIJIが脱退しています。

その時も解散が噂されましたが、YOSHIKIは解散させなかったですからね。

TAIJIの後任のベーシストとして、HEATHが加入。

XJAPANと改名し、活動を再開させたのです。

XJAPANが解散した後、HIDEが亡くなり「再結成はなくなった」と思われましたが、2008年に再結成を果たし、SUGIZOが加入しています。

このように、YOSHIKIとTOSHIがいる限り、XJAPANとしては活動することが可能なのです。

逆に言えば、YOSHKIかTOSHIがいなくなった時点で、XJAPANの活動は不可能となるでしょう。

それだけTOSHIの存在は大きく、脱退はXJAPANの解散を意味したのでした。

 

【YOSHIKIとTOSHIの関係】確執や不仲説

YOSHIKIとTOSHIの付き合いは50年になりますので、確執や不仲の噂はあってもおかしくはありません。

YOSHIKIとTOSHIの出会いは、幼稚園になってきますね。

たまたま同じ地域で生まれ、同じ幼稚園に入園するという、奇跡の出会いから始まっているのです。

そんな2人がXJAPANを結成し、世界で活躍するようになったわけですから。

1989年にメジャーデビューした、XJAPAN。2年後には東京ドームライブを成功させ、アルバムはミリオンセラーを達成。

XJAPANの人気は、社会現象にもなったのです。

しかし、XJAPANの人気に伴いYOSHIKIとTOSHIの間には溝ができ始めたのです。

いつからか幼馴染ではなく、XJAPANのメンバーとしての関係になってしまったのでしょうね。

1996年に発売された「DAHLIA」のレコーディングの時には、ほとんど会話をすることなく、別々でのレコーディング。

TOSHIにとっては、苦悩の日々だったといいます。

そんなTOSHIに接近したのが、MASAYA氏が代表を務める、「ホームオブハート」という宗教団体だったのです。

そこには、後にTOSHIの嫁となる守谷香さんもいたのでした。

弱っているTOSHIに対し、「XJAPANをやめろ」「YOSHIKIとは距離を取れ」と洗脳を働きかけられることに。

TOSHIの中で、次第にYOSHIKIに対する不信感が強くなっていきました。

そして、1997年4月にTOSHIから脱退の申し入れがあったのです。

YOSHIKIはTOSHIの申し出に対し、「わかった」と即決したとのこと。

YOSHIKIなら簡単に受け入れないかと思いましたが、TOSHIの目を見てもうダメだと判断したと言います。

その時には、YOSHIKIの中で解散が頭をよぎったのでしょう。

しかし、YOSHIKIは納得しても、他のメンバーは納得できませんよね。

HIDEは「なんでこうなるんだ!俺たちの人生はどうなる!?」と言い寄ったのですが、TOSHIの意思は変わらなかったのです。

脱退の意思は固く、XJAPANは解散することに。

XJAPANは最後の曲として「THE LAST SONG」を作成しましたが、 TOSHIとは一度も会わずにレコーディングされたと言われています。

東京ドームでの解散ライブや紅白歌合戦でも、雰囲気は悪かったですからね。

YOSHIKIのドラム破壊もいつも以上に鬼気迫るものでしたよ。

XJAPANの解散前から、YOSHIKIとTOSHIの確執は始まっていたのです。

1998年にHIDEの葬儀で再会した、YOSHIKIとTOSHI。

一緒に「Forever Love」を演奏したものの、会話は少なかったと言います。

その後、確執や不仲説は続きましたが、TOSHIが洗脳から解放されたことでXJAPANは再結成を果たすことになったのです。

TOSHIが宗教団体から解放されたのは、YOSHIKIの手助けもあったと言われていますし、ずっと気にはかけていたのでしょうね。

XJAPANの活動再開後には、出会った頃のような仲良しの関係に戻ったYOSHIKIとTOSHIだったのです。

ライブのMCでも、仲の良さが伝わってくるいちゃいちゃトークを展開していましたからね。

現在のXJAPANは目立った活動をしていないので、再び確執や不仲説が浮上してきています。

YOSHIKIとTOSHIが動かなければ、XJAPANは活動できませんからね。

活動していないということは、不仲説もしょうがないのです。

長い付き合いですが、YOSHIKIとTOSHIは仲良しや確執を繰り返している関係。

XJAPANのメンバーである以前に、幼馴染の関係であることから、切っても切れない縁なのでしょう。

根本は「友達」ですから、結局は仲良しの関係で落ち着くと思われますよ。

XJAPANの解散に対するファンの反応

 

まとめ

XJAPANの解散理由の真相、TOSHIの脱退が原因なのか、解散会見の様子をまとめています。

YOSHIKIとTOSHIが始めたバンドですから、解散も活動も2人次第にはなってきます。

長い付き合いですから、色々とあるのはしょうがないですからね。

2度目の解散がないことを祈りながら、XJAPANの活動再開を楽しみにしましょう!

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