XJAPANの過去のメンバーの名前は!?死去や脱退から現在まで!?

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XJAPANは、幼馴染のYOSHIKITOSHIが結成したのは、有名は話ですよね?

結成当時から、メンバー脱退が激しく、メジャーデビューまで安定することはなかったのです。。

デビューしてからもメンバーチェンジがあり、解散後には、HIDETAIJI死去、そして、TOSHI洗脳と、メンバーでの苦労が絶えないバンドなのです。。

そんなXJAPANの過去のメンバーの名前から、現在のメンバーに至るまでを振り返ってみようと思います。

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Xの結成時は??

1982年、高校2年生のYOSHIKITOSHI「X」を結成。

YOSHIKIは、バンド結成時からリーダーとして、ドラムピアノを担当。

YOSHIKIとTOSHIは幼稚園からの幼馴染で、小学校高学年の頃から、バンドを組んでいたのです。

そして、高校生の時に「X」と名乗るようになったのです。

当時、横文字のバンド名が流行っていた中

「 Xは目立てる」
そんな、理由から「X」と名付けたようですw

高校生の頃のTOSHIは、坊主頭だったのですね。
野球部だったのかな。。

YOSHIKIは、この頃からパンチの効いたヘアスタイルでした。。
これでピアノを弾いて、勉強をしていたわけですから、ギャップが凄いですねwww

 

初期メンバー

・ATSUSHI(ベース)

本名:徳沢 淳

ATSUSHIは、YOSHIKIとTOSHIの高校時代の先輩として、 Xの立ち上げメンバーとして参加。

しかし、1年以内に脱退
先輩ですし、進学か就職で迷った結果、脱退を選んだのかもしれませんね。。

 

・TERRY(ギター)

本名:泉沢裕二

上記の写真でギターを弾いているのが、TERRYのようです。

TERRYは、 YOSHIKIとTOSHIの同級生。
一緒にXを立ち上げた、メンバーなのです。

初期メンバーですから、貴重ですよね。

残念ながら、TERRYは1985年に脱退。。

脱退の理由は、その後メンバーになるTAIJIがTERRYと一緒にギターをやりたくなかったため、TAIJIがXに入る条件として

「TERRYを辞めさせ、代わりにHALLYを入れること」
を提示したのです。

YOSHIKIとしては、一緒に結成した同級生を辞めさせるわけですから、 苦渋の決断だったと思います。

結果は、TERRYを辞めさせ、TAIJIHALLYをメンバーとして迎えたのです。

辞めさせられたTERRYも悔しかったでしょうね。。

そんなTERRYは、現在どうしているのか?

実は、2002年に交通事故で亡くなっていたのです。。。
YOSHIKIは、初期メンバーも亡くしていたのです。。

 

1984年〜1986年

・TOMO(ギター)

本名:オガタ トモユキ

TOMOは、1984年から1985年の1年間だけ在籍していたそうです。

この時に、Xはインディーズ時代に初の自主制作EPとなる

「 I’LL KILL YOU」を1985年6月15日にリリース。

1000枚を売り切ったのである。
自主制作により、現在は廃盤となっているのです。

TOMOは、YOSHIKIと合わなかったのかな?
発売後、すぐに脱退をしてしまったのです。。

 

・EDDIE(ギター)

本名:小出健一

EDDIEも1985年のみ参加。

現在でもバンド活動を続けており、「RITUAL CARNAGR」というバンドで活動しているとか。

 

・HALLY(ギター)

本名:吉田良文

HALLYは、1985年にメンバー入り。
TAIJIがXに加入する条件として、HALLYもメンバー入り。

TAIJIが認める程のギタリストですから、相当凄かったのでしょうね。

しかし、そんなHALLYも1985年しか活動せず、すぐに脱退
やはり、YOSHIKIが納得しなかったのか。。

現在もバンドマンとして活動はしているようですが。

 

・JUN

本名:高井 寿

JUNは、1985年〜1986年にギターを担当。

当時のJUNは、早弾きギタリストとして有名で

「X時代の歴代ギタリストの中で、最もテクニカルだった」
と、言われています。

JUNの脱退理由

「スタジオの練習時間、お金の使い方など、あらゆる面でYOSHIKIと喧嘩した」
と、語っていました。

YOSHIKIに付いて行くのは、大変そうですねwww

この頃のXは、激しくメンバーチェンジを繰り返していたのです。。

 

・ZEN(ギター)

本名:三田 一光

ZENは、1985年〜1986年での参加。

なんと、現在はお坊さんとのことw
こんなにファンキーだったのに。。

脱退理由も、家業を選んだのかもしれませんね。

 

・KERRY(ギター)

本名:高橋 雅則

KERRYは、1986年のみ参加。
脱退後もバンドは続けているようですね。

 

・SATORU

本名:村上悟

SATORUも1986年のみの参加。
脱退後は「Virus」というバンドに参加しているようですね。

 

・HIKARU(ベース)

本名:宇高 光

HIKARUは、1985年から1986年まで、ベースを担当。

現在は、新宿で「北海道ダイニングNorth」を経営。

「HIDEの打ち上げに連れて行ったことがある」
と、話していることから、脱退後もXJAPANのメンバーとは交流があったのかもしれませんね。

この頃、YOSHIKITOSHIJUNHIKARUのメンバーで

2枚目のシングルとして

1986年4月10日に「オルガスム」をリリース。

初回プレスで、2500枚を完売。
異例の大ヒットとなったのである。

再プレスを予定したが、レコーディングに参加したJUNHIKARU脱退したため、行われなかった。

おかげで、現在はプレミアEPとなっているのです。。

そして、HIKARUの脱退後・・・

 

・TAIJI(ベース)

本名:沢田 泰司

TAIJIは、1986年に正式にXに加入しました。

YOSHIKIはTAIJIの才能を見抜き、何度もXに誘っていたのです。

最終的な決め手は

「YOSHIKIとだったら音楽以外の事もできるかも」
と、可能性を感じ、メンバー入りを決意。

YOSHIKIに

「メンバーを変えろ!」
と、要求できるのもTAIJIぐらいですよw

TAIJIは、元々ギターをやっていて、実力も相当なもの。
後でメンバーとなる、HIDEPATAよりも上手いとかw

この実力と、はっきりとした性格からYOSHIKIと何度も衝突を何度も繰り返し、1992年に脱退を言い渡されるのです。。

脱退後は、他のバンドで活躍するが、脱退を繰り返すことに。

YOSHIKIとは連絡を取ることはなかったが、 HIDE告別式で再会した2人だったのです。

HIDEがもう一度引き合わせてくれたのかな。。

そして、XJAPANのライブにゲストとして参加したのです。
筆者もこのライブに参戦していましたが、TAIJIを交えての 「X」は最高でしたね!

しかし、この1年後に

TAIJIの死因はマネージャーが原因!?真実は??

TAIJIは、謎のを遂げたのです。。。

 

1987年〜

・ISAO(ギター)

本名:堀 功

ISAOは、早弾きテクニックで知られていたのです。
1987年に加入しますが、バイク事故により脱退。。

この頃もツインギターに拘った、YOSHIKIだったのです。

 

・HIDE(ギター)

本名:松本秀人

HIDEが加入したのは、1987年。

YOSHIKIがHIDEを溺愛!?Xに加入するまでの仲良しエピソードに感動??

HIDEは当時、「SAVER TIGER」というバンドを結成し、精力的にバンド活動をしていた。
Xにも負けない人気だったとかw

音楽性の違いなどにより、メンバーは脱退を繰り返し、1987年1月28日のライブを最後に解散。。

解散後 HIDEは美容師の道に戻ることを考えたが、YOSHIKIに誘われてXに加入するのであった。
HIDEは技術だけでなく、ビジュアルの面に置いても、Xにとって大きな存在となるのです。

そして、HIDEはファンを本当に大事にしていたのです。

HIDEの死因と命日は!?真由子との関係が泣ける!?

真由子さんとの関係は、HIDEの優しさを感じるエピソードですね。。

1989年のメジャーデビューから、1997年のXJAPANの解散までを走り抜けたHIDE。

HIDEが世の中に与えた影響は、計りきれないのです。

そんなHIDEも、1998年5月2日に、不慮の事故で亡くなってしまったのです。。この日は一生忘れません。。。

 

・PATA

本名:石塚智昭

PATAは、サポートとして手伝っていたが、メンバーの脱退によりそのまま加入。

YOSHIKIに誘われた、PATAは

「いいよー!」
と、PATAらしく、あっさり加入していそうですね(笑)

当時はXに限らず、過激なメンバーが多かった中、PATAだけは、平和だったようです。

モヒカンも似合っていましたが、HIDEに剃られたとかw
HIDEのソロライブに同行していました、2人は仲が良かったのでしょうね。

 

 

1988年〜

1988年4月、「VANISHING VISION」をリリース。

当初は、LPとして発売されたが、後にCD化され、5000枚限定でピクチャーレーベル盤も発売された。

初回プレスで1万枚以上と、当時のインディーズでは記録的なセールスを達成し、名盤とされているのです。

翌年の1989年4月21日に

メジャーデビューアルバム、「BLUE BLOOD」をリリース。

メジャーデビューした時は

YOSHIKITOSHIHIDEPATATAIJIのメンバーだったのです。

メジャーデビューアルバムでありながら、86万枚を売り上げ、バンドとして最多の100週以上のチャートインを記録し、異例のデビューを飾ったのです。

筆者は、 X(XJAPAN)のオリジナルアルバムとしては、1番好きなアルバムなのです。

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1992年〜

・HEATH(ベース)

本名:森江 博

HEATHは、先輩のHIDEとは飲み友達。

HIDEに

「とにかく東京に来い!」
と、言われ上京し、バンド活動をしていたのです。

TAIJIの脱退後、 XJAPANはベーシストを探すためオーデションを重ねる。
しかし、これといった人物には出会えなかったのです。。

TAIJIの後釜ですからね、そりゃいませんよ。。

HEATHにも、HIDEから声がかかったが

「セッションだけなら・・・」
と、引き受けるのです。

その後、全員一致でHEATHこそ相応しいと、加入を勧める。

突然の誘いにHEATHも迷いましたが、正式に加入することを決断するのです。

HEATH加入後、Xは世界進出を目指し、「XJAPAN」に改名し、活動を再開したのです。

しかし、5年間の活動を経て、XJAPANは解散するのです。。。

 

再結成〜

・SUGIZO(ギター&バイオリン)

本名:杉原康弘

当時、SUGIZO「LUNA SEA」のギタリストとして活躍していました。

HIDEのことを兄と慕っていて、良く飲んでいたそうですね。
X JAPANとの交流も長かったのです。

そんなHIDEが亡くなり、再結成後は、サポートメンバーとしてSUGIZOがHIDEのパートを担当していたのです。

そして、2009年に正式なメンバーとして、XJAPANに加入することになったのです。

 

現在

2017年、現在のメンバーは

YOSHIKITOSHIPATAHEATH SUGIZO。そして、スペシャルメンバーとして、HIDETAIJIがいるのです。

これからも、この7人で世界中で暴れてほしいですね。

 

まとめ

YOSHIKIと TOSHIから始まった、X。
メンバーの脱退を繰り返し、死を乗り越え、ここまで活動しているのです。。

一人でも欠けていたら、今のXはないと思いますよ。

もうメンバーの脱退や死には立会いたくないので、このまま活動を続けてほしいですね。

これ以上のメンバーはいないのです!

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